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【プレグラインタビュー】「福井のサッカーを変える」STAYLE -MAN to FOOTBALL- 代表 片岡健志郎 氏 Part.2

【福井県のサッカーを変える】夢を叶えるために・・・

STAYLE -MAN to FOOTBALL- 代表 片岡健志郎の過去、現在、未来への独占インタビュー全3話!
我々プレグラに野望を語ってくれた。

今回は第2話!

大学~サッカースクール開校編』となります!

第1話はこちら↓

【STAYLE -MAN to FOOTBALL-とは?】

福井県にある完全屋内型マンツーマン専用スタジアム内で行う完全マンツーマン式サッカースクールです。屋内型のマンツーマンに特化した専用スタジアム内で、選手一人ひとりを徹底的に分析し、完全マンツーマンで指導を行ってます。サッカーに必要な、テクニック・フィジカル・ブレインはもちろん、オフザボール指導にもこだわって上手くなる為に全面サポートしてます。

【福井屋内型マンツーマン式サッカースクール】STAYLE -MAN to FOOTBALL-

【大学編】~回り始めた歯車~

大きな怪我をして推薦は難しいと思っていた中、大阪経済大学からの推薦。
しかし、大学ではBチーム。

大学生活の中で片岡氏は『野洲高校や大学でスタメンでなかったヤツがプロなれるわけないやん。』と考え、野洲高校で感じた『ある想い』を胸についに動き出す。

そのある想いとは『福井県のサッカーを変えなくてはならない』である。

福井県から飛び出し、野洲高校で全国の猛者たちを目の当たりにしたことだった。
中学生時代は自他ともに『福井のNo.1プレーヤーは片岡』であった。
しかし『福井のNo.1プレーヤー』が県外では試合に出れていない現実。

どれだけ福井県のサッカーレベルが低いのか思い知らされた現実であった。

【福井県のサッカーを変える

【想い】から【夢】に変わった瞬間だった。

この瞬間からマインドは【サッカー選手】ではなく【経営者】になることであった。

『だが、どうやって…?』を考えたときに、会社経営者である父を幼い頃から見ていた経験が生きた。

夢を叶えるために部活はもちろん大学にも行かなくなり、多くの人と関りを持つことから始めていったのだ。

常に考えていたなんの為に生きるのか、誰といるか、どのような時間を過ごすか

性格が変わるほどの転機を迎えるのであった。

同級生とは遊ばず、ガムシャラに沢山の方に連絡を入れ会ってくれる経営者の方との時間にすべてを使った。
勿論、ただの大学生である片岡氏にはお金がなく、1日3時間睡眠でバイトを4つ掛け持つなどをしてなんとか食い繋いでいく日々。

経営者に会うために企業説明会などにも積極的に参加した。
普通の就活生たちが企業の話を聞きに行く中、片岡氏は全く違った目的のために参加していたため、周囲とは違った質問をし、経営者たちの目に止まった。
経営者と話ができなかった時は、出待ちをする時もあった。

そんな日々を続けていく中で、少しずつ状況が変わっていった。
当時アルバイトをしていたBARの名刺を配りながら参加していた説明会で話をしてもらった経営者の方々が彼を求めてBAR会いに来てくれたのである。

彼の中で1つ決めていたのは最終目的が決まっている中で

誰と仕事をするか

ここだけを考えてたくさんの話をしていった。

そんな中、とある会社に入社することになった。

『社会人編』~ついに開いた社会のドア~

最初に入社した会社は面白いと思った経営者のもとで就職することにした。

そこで感じたことは【社会ってこんなにしんどいのか】だった。

その経営者が好きで入ったのだが、時間を共にすることができず何回もお願いし、少し時間を共にできたがなかなか満足できず、そんな中、上司とぶつかり不満をもったまま、売り上げNO1になるも退職。

その後、とある不動産会社の経営者に出会い、次の会社に就職ではなく手伝いをした。

その方から学んだことはいい人脈はいい人脈を生む

それ以外にも経営者としても、人としても多くの事を学ばせてもらったが、

ある時、ふと思う、俺何してんだろうか?

最後の1年と決めた。

父もやっている美容の会社も次ぐことも視野に入れ、美容の会社に勤めることとした。

務めた先は、問題の多い場所であったが自分を奮い立たせ退職をせず、変えることを決意。

経営者と本気でぶつかり、自らの熱意を伝えた。
その熱意が伝わり、経営者と二人三脚で問題を解決、売り上げを伸ばしていった。

そんなときである。

『美容の機械を持って、福井で代理店をやってみな!

と言われたのであった。

ついに福井に戻り、仕事をすることに。

その流れから福井に帰ることになったのだが、横の繋がりもなく父の会社に入ることとなった。
しかし、自らのやり方と、父のやり方とでは、上手くかみ合わず、父の会社から飛び出す。

あてもなくさまよい、追い込まれていく中で、片岡氏は笑っていた。

ここからついに独立のスタートになると。

パソコンと布団しか持てない中、とある方に『空いている部屋を使っていいよ』と声をかけてもらい何とか事務所を構えることができた。

もらった美容の機械を下に美容の会社を設立。

右も左もわからないまま進んでいき、数々の問題とぶつかって進んでいく中で訪れた【コロナウイルス

彼はこれをピンチではなくチャンスと捉えた。

ある会食に参加した際に、人生を変える一人の投資家と出会った。

その投資家の影響を受け、世の中に下剋上だと思い、ふんだんにお金を使いブランド物や車を購入。
ブランド店の接待などを受け、一流を知ることになった。
身なりを変えると多くの人が寄ってきて、さらに多くの経営者と出会うこととなったのだ。

ピンチはチャンスとはまさにこの事だろう、世の中の逆境を見事に変えたのである。

たった1つの電話

会社経営を開始し、暫く経ったある日

「あの…マンツーマンのサッカーレッスンってやってますか?」

と突然の連絡

実は過去にサッカースクールをやろうと思いHPまで立ち上げ途中でやめていたのを、coming soon状態であったHPを見たお客様が連絡をくれたのだった。

この1本の電話、たった1つの電話ですべてが始まることとなった。

急いで準備をし行ったレッスン。急遽ではあるものの、本気の指導を行った。
熱意が伝わり、そのまま正式に契約。
ここでついに元々やっていた美容の運営と同時にサッカー教室を開校することとなったのである。

さらに転機が訪れ、サッカーに傾きを向けたとき、まさかの美容の業績が伸びたのである。
サッカーの宣伝をSNSなどで行っていると、美容の方とマッチし多くの問い合わせが来ることとなった。

そこから美容の売り上げも過去一になることに。

その資金を下に、ついに『個人レッスン専用のスタジアム』を作ることとなったのだ。

福井のサッカーを変えるといった夢がついに動き出したのである。

次回 ~スクールの開校と現在~

第2回はここまで!

ついにサッカースクールを開校した片岡氏。

最終回となる第3話は開校から現在に至るまでとなります!!!

次回最終回!お楽しみに!!

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プレグラ編集部
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